昭和8年3月3日、早朝。
当時小学校1年生だったわたしは、ただならぬ気配に目を覚ました。寝ている部屋の畳が、下から突き上げられるように大きく揺れ、家全体がミシミシと異様な軋みを立てている。
「地震だ。起きろッ」
おふくろの声に慌てて床を飛び出し、服を着ようとしたが、足もとが定まらない。 まるで大波の海を漕いでゆく伝馬船のように、右へ寄ったり、左へ寄ったり、やっとの思いで服をつけ、ゴム長をはいて、おふくろの後に従った。 (続きを読む…)
昭和8年3月3日、早朝。
当時小学校1年生だったわたしは、ただならぬ気配に目を覚ました。寝ている部屋の畳が、下から突き上げられるように大きく揺れ、家全体がミシミシと異様な軋みを立てている。
「地震だ。起きろッ」
おふくろの声に慌てて床を飛び出し、服を着ようとしたが、足もとが定まらない。 まるで大波の海を漕いでゆく伝馬船のように、右へ寄ったり、左へ寄ったり、やっとの思いで服をつけ、ゴム長をはいて、おふくろの後に従った。 (続きを読む…)
中央気象台で地震を記録したのは、午前二時三十二分十四秒であった。
三月三日といえば春の気配もわずかに感じられる頃だが、東北地方の三陸沿岸は積雪が大地をおおう厳寒の中にあった。中央気象台の記録によると、その時刻の気温は零下十度近くをしめしている。
天候は晴れで、夜空には凍てついたような星が光っていた。
昭和三陸地震は、1933年(昭和8年)3月3日午前2時30分48秒に、岩手県釜石市東方沖約200km(北緯39度7.7分、東経144度7分)を震源として発生しました。三陸沿岸は軒並み震度5の強い揺れを記録したものの、明治三陸地震の時と同じく地震による被害は少なく、地震後に襲来した津波による被害が甚大なものでした。最大波高は岩手県気仙郡三陸町(現・大船渡市)綾里で28.7mを記録したとされています。 (続きを読む…)
タグ: 1933, 昭和8年, 昭和三陸地震, 津波, 防潮堤北海道では地震・津波と言えばまず東側、つまり太平洋に面した釧路市や根室市が有名だ。日本海側では地震・津波は他人事のようにとらえていた。だが、ちょうど10年前の昭和58年5月26日に秋田沖を震源とする「日本海中部地震」が発生、奥尻島にも3~4mの津波が襲い人々の脳裏に津波の恐怖が深く刻み込まれた。ただ、その時でも津波が来るなど町民は誰も予想しておらず、津波の前兆として一度海水が引いた際には、普段水面があって渡れない島の観光シンボル「なべつる岩」に渡って記念撮影する人もいたほどだ。 (続きを読む…)
タグ: 北海道南西沖地震, 津波, 経験談, 被害平成5年7月12日午後10時17分…
その夜、妻と娘は就寝していたが、私は居間でテレビを見ながらくつろいでいた矢先、突然の縦揺れに飛び跳ねた。今まで体感したことのないその大きな揺れに「地震だあ!」と叫び、途中から横揺れに変わった状態の中、転びながら妻子のもとへ駆けつけた。今にも倒れそうなタンスや鏡台を両手と片足で抑え、妻子の布団の上に倒れるのを夢中で防いでいた。 (続きを読む…)
北海道南西沖地震は、1993年(平成5年)7月12日午後10時17分12秒、北海道奥尻郡奥尻町北方沖の日本海海底で発生した地震である。マグニチュードは7.8、推定震度6(烈震)で、日本海側で発生した地震としては最大規模。 (続きを読む…)
タグ: 北海道, 北海道南西沖地震, 奥尻町, 日本海中部地震, 津波, 津波被害