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	<title>地震体験談(被災経験談) &#187; 新潟中越地震</title>
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	<description>悲惨な経験を忘れずに。防災に役立てましょう。</description>
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		<title>新潟中越地震　体験談３　全国からの励まし</title>
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		<pubDate>Sun, 24 Jan 2010 07:48:06 +0000</pubDate>
		<dc:creator>地震体験・被災経験</dc:creator>
				<category><![CDATA[新潟県中越地震（2004年）]]></category>
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		<description><![CDATA[被災場所：機内（新潟上級）
10月23日最初の大きな地震のあった時、私は大阪の学会からの帰りの飛行機の中にいました。もうすぐ新潟空港に着陸という時に機内放送で中越を中心とした震度６強の地震があり着陸ができないと案内があり [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>被災場所：機内（新潟上級）</p>
<p>10月23日最初の大きな地震のあった時、私は大阪の学会からの帰りの飛行機の中にいました。もうすぐ新潟空港に着陸という時に機内放送で中越を中心とした震度６強の地震があり着陸ができないと案内があり、新潟市上空を１時間ほど旋回を繰り返し、待たされました。<span id="more-189"></span>機内でのラジオ放送で大変なことになっていると知り、家族のことが心配で気が気ではありませんでした。</p>
<p> </p>
<p>それでもようやく着陸でき、何とか新潟駅までは行くことができましたが、そこから先、住居のある長岡市まで、新幹線、在来線、高速道路、あげくは一般国道まですべて遮断され、なすすべがありませんでした。家族に連絡をとりたくても携帯電話、公衆電話もパンク状態で何十回いや何百回かけたでしょうか。全くつながりません。いらだたしさとせつなさ、そしてわびしさがつのるばかりでした。二度とあんな思いはしたくありません。</p>
<p> </p>
<p>駅前で２、３時間したころ幸運にも県内にいる身内から携帯に連絡が入り、車で迎えにきてもらえることになりました。その車で長岡に向かいましたが、一般国道は通行止めということで、通れそうな裏道をさがしながら普段の道のりなら１時間のところ３時間以上もかかりました。長岡に近づくにつれて道は陥没や亀裂がひどくなっていき、停電で街灯や信号機もすべてストップしており、自分の家の付近まできたころは、電柱はたおれているは、マンホールは飛び出しているはで、大変なことがおきたことを実感しました。</p>
<p> </p>
<p>それでも夜中にようやく自宅に辿り着き家族が避難所に行っていることを知り、ようやく避難所で家族に会うことができました。全身から力が抜けるくらい安堵したのを鮮明に覚えています。翌日、夜明けと同時に自宅いってみましたが、それはもう言葉には言い表せないほど、酷いものでした。部屋の中はズタズタ・メチャメチャで割れたガラスと家具などで足の踏み場もないありさまでした。しかし、幸いにも家族が全員無事で怪我もなかったことを良しとして、必死に後片付けをしました。</p>
<p>長岡市や小千谷市を中心とした中越地区の被害状況が徐々に明らかになってくると、私の家はまだ被害の少ない良いほうなんだということがわかりました。周辺をみても倒壊した家や半壊の家がいくつもありました。　ライフラインがダメだったことと、強い余震のため私たち家族は５日間ほど避難所で過ごしざるをえませんでした。これも二度と体験したくないほど悲惨な経験でした。</p>
<p> </p>
<p>食べ物の配給は極くわずかでしたし、風呂にも入れない、そしてなによりも寒かったです。本当につらい毎日でした。私たち家族は５日間ほどでしたが、２週間以上経った今でも避難所でつらい生活を強いられている人がまだまだ沢山います。その方々の身体と精神的な面が非常に心配です。</p>
<p>しかし、今回の地震というつらい試練の中で一つだけすばらしいと感激したことがあります。それは全国各地からの支援してくださる方々です。地震のあった翌日か翌々日には兵庫ナンバーや茨城、福島ナンバーなど数多くの他県の災害支援車がかけつけてくれて、ライフラインの復旧に全力をあげて取り組んでくれていました。石川県からの看護師さんも見かけました。全国各地からの多くのボランティアの方々が「がんばろう新潟」のワッペンを胸に一生懸命支援してくださる姿をあちこちで見ました。励ましの電話やメールもたくさんいただきました。本当に心が熱くなる思いでした。我々がどれだけ救われたことか…。</p>
<p> </p>
<p>私たちの本当の戦いはこれからです。全国のみなさんからのあたたかい支援を励みとしてがんばっていきたいと思います。</p>
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		<title>新潟中越地震　体験談２　水害、台風、そして地震</title>
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		<pubDate>Fri, 15 Jan 2010 08:09:38 +0000</pubDate>
		<dc:creator>地震体験・被災経験</dc:creator>
				<category><![CDATA[新潟県中越地震（2004年）]]></category>
		<category><![CDATA[ガス]]></category>
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		<description><![CDATA[（体験談１の続き）
10月24日
午前零時を過ぎると、「昨日の地震」とラジオは言う。もう昨日になってしまったのだ。震度は６強という。時間は午後5時56分だったと知る。余震が続くだろうという。
入り口の濁沢の土砂崩れで、長 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>（体験談１の続き）</p>
<p><strong>10月24日</strong></p>
<p>午前零時を過ぎると、「昨日の地震」とラジオは言う。もう昨日になってしまったのだ。震度は６強という。時間は午後5時56分だったと知る。余震が続くだろうという。<span id="more-193"></span></p>
<p>入り口の濁沢の土砂崩れで、長岡蓬平温泉が孤立したという。一昨日宿泊したばかりのところだ。もしこの地震が一昨日に起きていたら、家に帰れなかっただろう。朝方冷えこむ。協力して、大釜に持ち寄った５升の米を炊く。味噌汁をつくり、炊き出し。いただいたあと解散。</p>
<p> <br />
　家の中に入ってそのすさまじい様子に息をのむ。本棚から落ちた本で通路は足の踏み場もない。玄関の壁に罅が、ふろばの白壁にも十字に罅が入る。妻も戻ってくる。将行君帰ろうとしたら道が通れず、引き返してくる。柏崎よりの峠でケータイはつながる。娘の資格試験が延期されたことを知る。</p>
<p> </p>
<p>家にあるプロパンを開けてお湯を沸かす。長岡に行くには、国道８号線を柏崎から116号へ抜けて薬師峠から宮本・関原経由でないとは入れないという。長岡が遠くなった。それにしても、なぜこんな災害に遭わねばならないのか、自嘲とも恨みとも取れる感情が湧いてきて、ため息付く。今から150年前の三条地震で良寛は「災害に遭う時は遭うがよかろう」といったではないか。しかし、そんな心境には程遠い。今まで気づいてきた俺の人生が崩れてゆくような錯覚になる。</p>
<p> <br />
　娘一家が長岡に帰るというので、その道を探しに出る。404号は塚山先で通れないという。柏崎に向う。８号線を行く。ここも大積田代から先は通行止め、そこから左折して刈羽に出る。116号線、途中スタンドで給油。薬師峠なら長岡に行けるという。カーブの多い道を越え、宮本関原に入る、新産センターのコンビニに入るが飲み物は売れきれ。ともかくこれで長岡に行けると思って引き返す。</p>
<p> </p>
<p>家に2時半に着く。娘夫婦を見送り、総代から渋海小に避難するよう班内に呼びかけてくれという。班内をまわるが行こうというものはいない。妻の「おぐに荘」が人手がないというので、今夜はここに泊ることにする。体育館にずらりと布団が並び、ここで寝るという。暗い中を懐中電灯で、トイレに行く人の付き添い。朝は、御飯と煮物、プロパンで炊いたという。水は水道の上流から汲んできたという。80人の食事を水やガスなしで用意するのは大変だ。ライフラインの１日も早い復旧を祈るばかりだ。</p>
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		<title>新潟中越地震　体験談１　水害、台風、そして地震</title>
		<link>http://toukaijisin.com/archives/191</link>
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		<pubDate>Thu, 07 Jan 2010 07:53:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>地震体験・被災経験</dc:creator>
				<category><![CDATA[新潟県中越地震（2004年）]]></category>
		<category><![CDATA[ラジオ]]></category>
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		<category><![CDATA[新潟県中越地震]]></category>
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		<description><![CDATA[被災地：新潟県小国町
１０月２３日
午後5時過ぎ、あたりは日暮れて家族は夕飯の準備が整った。長岡に嫁いだ娘は明日ケアマネージャーの試験、会場まで送ってゆくことになっていた。１歳の誕生日を来月14日に控えた孫を連れて実家へ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>被災地：新潟県小国町</p>
<p><strong>１０月２３日</strong></p>
<p>午後5時過ぎ、あたりは日暮れて家族は夕飯の準備が整った。長岡に嫁いだ娘は明日ケアマネージャーの試験、会場まで送ってゆくことになっていた。１歳の誕生日を来月14日に控えた孫を連れて実家へ来ていた。明日は妻が孫の子守役である。<span id="more-191"></span><br />
　</p>
<p>その時、突然激しい地震、一瞬プロパンガスが止まった。「ガスを止めました」のメッセージが流れる。一瞬孫が泣いた。娘が毛布で孫を抱いて外へ飛び出す。玄関の棚の花瓶がすさまじい音を立てて割れた。4人して家を飛び出す。前の床屋さんとお隣さんも出ていた。</p>
<p> </p>
<p>そこへ2回目の余震、これもひどい。電柱に寄りかかる。声も出ない。いまだに経験したことない大きな地震。一体どういう地震だ。どこが震源地か。少しおさまってから家の中からラジオつき懐中電灯を持ってきた。ラジオは小千谷の様子を伝えている。</p>
<p> </p>
<p>車を車庫からだし、そこに娘と孫が入る、「娘と孫を守ってくれ」といいながら、救護施設へあわてて出かける。こんな災害に一生に一度遭うことがあるなんて、今年は、水害、台風、地震と災害続きだ。なぜこんな災害がたびたび起こるのだろうか。布団を取りに家に入るが、出る時なんともなかった玄関のゲタ箱が倒れ、物が散らばって足の踏み場もない。</p>
<p> <br />
　役員が呼びに来て、車で集会所前に集まる。大勢集落の人が集まって炊き出しの準備に入る。ラジオでは死者が刻々と増えている。信じられない。夜が明けるともっと被害は広がるだろう。楢沢集会所は基礎が10センチも西に動き、床板がもり上がっている。</p>
<p> <br />
　車庫に泊っていたバス2台を総代が頼み込んで避難所に借りうける。ここに老人や子供を入ってもらう。ヒーターをつけ放しで車内は暖かい。10時頃、娘婿が長岡から2時間かかってきて来て、びっくりさせる、娘は喜ぶ、孫も目を覚まし、きゃつきゃと喜ぶ。この無邪気さが救いだ。ケータイは「圏外」で通じない。電話も通じない。電気が切れて、真っ暗。安否情報に地域の人の名が出るが、返事が出来ない。</p>
<p> </p>
<p>集会所の石油ストーブがたかれ、お茶をいただく。長い夜だった。ストーブの周りでまんじりともせず夜を明かす。美しい星空だ。この星空の下で展開されている人間の喧騒を見守っているようだ。それにしても、何百年に一度に大地震をなぜ経験しなければならないのか。しきりに溜息が出る。</p>
<p> </p>
<p>町の五十嵐助役来て、防災無線が通じなくて小国の被害状況はマスコミで伝えられないという。生涯の内にこんな災害が来るとは、誰が予想していたか。阪神大地震なんか、他人事のように思っていた。孫は風邪を引いてセキするが、一人はしゃいでいてこの子からエネルギーをいただく。</p>
<p>（体験談２に続く）</p>
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