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	<title>地震体験談(被災経験談) &#187; 地割れ</title>
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	<description>悲惨な経験を忘れずに。防災に役立てましょう。</description>
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		<title>昭和南海地震 体験手記④　人生の中での大きな出来事</title>
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		<pubDate>Thu, 22 Oct 2009 09:05:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>地震体験・被災経験</dc:creator>
				<category><![CDATA[昭和南海地震（1946年）]]></category>
		<category><![CDATA[ラジオ]]></category>
		<category><![CDATA[井戸水]]></category>
		<category><![CDATA[地割れ]]></category>
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		<category><![CDATA[昭和南海地震]]></category>
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		<description><![CDATA[被災地：徳島市南沖洲五丁目
あの頃の私は親から離れて大和町の親戚に下宿していました。木造二階建ての一階に寝ていたとき、二階で寝ていた従兄弟の「地震じゃぁ～」の声で目が覚めました。そのとき、近所の小６の女の子が泊まりに来て [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>被災地：徳島市南沖洲五丁目</p>
<p>あの頃の私は親から離れて大和町の親戚に下宿していました。木造二階建ての一階に寝ていたとき、二階で寝ていた従兄弟の「地震じゃぁ～」の声で目が覚めました。<span id="more-27"></span>そのとき、近所の小６の女の子が泊まりに来ていたのですが、二人でギイギイという音と大きな揺れで「いや～ブランコに乗っとうみたい～」と言いながら、そのまま横になったまま揺れが止まるまで布団を被っていました。</p>
<p>揺れるのが収まってから起きたら、二階の部屋に置いてあった花瓶が倒れて出た水と壁土が混ざってドロドロになった物が、布団の上にたくさん落ちていました。それを見て地震の大きさを改めて感じました。揺れで歪んだ窓から外を見ると、真っ黒な雲が空一面に覆い被さり不気味な感じがしたのを今でもはっきり覚えています。<br />
　両親は住吉に住んでいたのですが私のことを心配して、父がやって来て「親戚の家屋は古いから余震で壊れたら危ない」と言って、泊まっていた女の子の家が木工所だったのですが、そこへ連れて行ってくれました。木工所では地割れ対策としてみんなで木を組み合わせて、その上に座って明るくなるまで待ちました。<br />
　幸いにも地割れは無く近所でも壊れた家も無く、壁が落ちたり戸が開き難くなった程度で大きな被害はありませんでした。父のいた住吉のご近所の方達は、井戸水が一度無くなってまた増えたのを見て津波が来ると感じ城山に逃げたそうです。大和町では津波の被害はありませんでした。</p>
<p>少し前までの戦争で戦火の中を逃げ回っていた恐さを思うと、それほどの恐怖はありませんでしたが人生の中での大きな二つの出来事の教訓として私は今でも寝ている枕元に、ラジオ、懐中電灯、水、貴重品等を入れた袋を置いて寝ています。<br />
　近い将来またこのような大きな地震が起こるかも知れないと言われています。体験した者として最小限の身の回り品を常日頃傍に置いて、揺れたらとりあえず押し入れの中、机の下などに隠れて揺れが収まるまで待ち、後は情報を早くキャッチして機敏に行動するのが一番であると考えております。</p>
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		<title>福井大地震　体験談③　震度７の震源地で</title>
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		<pubDate>Fri, 25 Sep 2009 08:51:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>地震体験・被災経験</dc:creator>
				<category><![CDATA[福井地震（1948年）]]></category>
		<category><![CDATA[体験談]]></category>
		<category><![CDATA[地割れ]]></category>
		<category><![CDATA[城]]></category>
		<category><![CDATA[戦時中]]></category>
		<category><![CDATA[液状化現象]]></category>
		<category><![CDATA[福井地震]]></category>
		<category><![CDATA[福井大地震]]></category>
		<category><![CDATA[経験]]></category>
		<category><![CDATA[自給自足]]></category>

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		<description><![CDATA[被災地：坂井市丸岡町
蒸し暑いその日。雨が降らず、遅れていた田植えを手伝おうと、児童は午後にはほとんどが帰宅していた。 
　午後４時１３分（サマータイムで当時は５時１３分）のその時、男性教諭数人と中田さんは日の暮れかかっ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>被災地：坂井市丸岡町</p>
<p>蒸し暑いその日。雨が降らず、遅れていた田植えを手伝おうと、児童は午後にはほとんどが帰宅していた。 <span id="more-77"></span></p>
<p>　午後４時１３分（サマータイムで当時は５時１３分）のその時、男性教諭数人と中田さんは日の暮れかかった校舎で終礼の最中だった。<br />
　ゴーと不気味な音とともに一気に激しい揺れが襲った。降り注ぐように割れ落ちるガラス。あわてて机の下に入った。揺れる校舎はあっという間に倒壊。倒れてきた柱と柱の間に運良く隠れた机が入った。「助かった」と実感した。<br />
　はい出た中田さんの目に映った町並みは無残そのもの。見渡せる村という村で目につくのは立ち木だけ。それまであったはずの建物という建物はすべて土煙の下に消えた。カラカラに乾燥していた校庭は地割れし、水が噴き出し水浸し。液状化現象で周りの美田も一面泥の海と化した。その夜、空を照らしたのはおぞましい町の炎。翌日までに丸岡町（当時）の全家屋の七割に当たる１１７６軒が灰となった。<br />
　<br />
　町を見下ろしていた丸岡城も天守閣の一層が土台上に落下。第一、第二層は石垣の下に散乱し、丘の上にあった町のシンボルが影も形も見えなかった。「城」という心のよりどころさえ無くした。<br />
　それからしばらくは、庭に「かや」を張って暮らし、近所で米や大根を互いに分け合って食べ続けた。そんなことができたのも終戦から３年しか経過していなかったからかもしれない。農村部で自給自足に慣れていた上に、堪えしのいできた戦時中の経験が役立った。</p>
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