被災地:愛知県西尾市
「ズシン」と物すごくつき上げられるようなショックを体に感じ、そのままころげ出るように次の間へ。足がもつれ、倒れた母を夢中で助けおこしかけた時、「アア-ツ」おどろきおびえた母の声。電気か、稲妻か。一瞬の光に家がむざんにねじれ、建具もろとも大きく傾く様子が見えた。
ふと気が付いたら、体が全然動かない。家が倒れ、その下敷きになったのだ。どちらからともなく言葉だけで安否を確かめ合った。2人共動けないが命だけは助かった。わずかに動く両手で、方々なで回し、何とかならないかと力を入れてみた。もちろんビクッともしない。指先が火鉢にふれた。ああここは台所だなと思った。夜中のことで火の気の心配は全くない。右足の上に右肩と体を前に折り曲げた上、背から肩にかけ梁、体の線から少し左にそれた左足は鴨居にそれぞれはさまれていた。今一歩左に寄れば、鴨居をまともに受け、命は無かったそうだ。
ビリッとわずかに感じる程度から、かなりの余震まで何度か度重なるうち、いつの間にか右耳をむしろにおしつけられたまま、首も廻らなくなり、肩の梁はますます重くのしかかってきた。胸と腹を強くおされて居るので、次第に呼吸が苦しくなってきた。
「久子や久子やあ-、久子」前の方で、勘一さんのおばあさんの声が、二声三声聞こえただけ。外は以外に静か。「どの家も倒れ、皆んな下敷きになってしまったのだ」そんなような話をとぎれがちにしていた。そうだとすると、だれも来てはくれないだろう。人の身体はどれだけ重みに耐えるだろう。徐々にだから良いものの大きな余震が来て、何かのはずみで一気に重みが加わったら?国のためならいざ知らず、こんな事でと思うと残念で情けなかった。
どの位時間がたったか、兄の呼ぶ声がした。返事をしても、色々な物が上に乗っているので、どの辺に居るのか見当をつけるのに少なからず手間取ったようだ。瓦から屋根板を取り払い、二階板をはがす頃から、横向きの顔の上にかべつちやほこりがふりかかる。ただでさえ苦しい呼吸をじっとがまんした。細い木や板切れとちがい、肩の梁は大きな棒などでこじてもどうにもならなかった。かえって反動で思わずうめき声が出てしまう。
間もなく、他家に貸してあったのこぎりが返ってきた。梁は切られ、取りのぞかれたおを感じた。
人の話し声は、はっきりわかるのだが、全身おぼえが無く、一人で起き上がることはもちろん出来なかった。だき起こされ、うしろの木にもたれかかり、初めて胸一杯呼吸した。