被災地:愛知県田原市
それは、牛を使って、地引き網漁の網を巻き上げている最中でした。ドーンというものすごい音がして、地面が揺れ始めた。
網が傷まぬよう持ち上げていたが、とても立っていることは出来ずに、地面に倒れた。どれくらい揺れたか覚えていない。海の方の網が持ち上がったので、津波があったのだと思う。
揺れが治まって、東の集落の方を見ると、集落全体が土煙で赤くなっていた。家が壊れたのだと思い、自分の住む集落に急いで戻ると、土蔵が崩れ落ち、家は柱の一部が折れるなどして、大きく傾いていた。でも、畑仕事に出ていた両親も帰って無事。少し安心すると、近所の人が親類の祖母が大変だという。その祖母の家に駆けつけると、隣の家の玄関の下で祖母と孫が倒れていた。
祖母はよく、隣の家に行っており、その日も孫をおんぶして出かけていた。地震に驚き、外に出ようとしたのだろう。でも、運悪く玄関の柱などの下敷きになり、亡くなってしまった。
今でいう余震がなかったのが幸いして、家は補強して何とか暮らすことができた。水は井戸が壊れずにあり、食べ物は畑で作っていたサツマイモなどがあった。しかし、電気はだめで、ろうそくをともしてしのいだ。
自分の集落は130戸ほど。家が全壊しても、物置きが大丈夫だった家はそこで、すべて壊れてしまった家は近所の親類に身を寄せた。地域のつながりが強いので、自然と助け合った。でも、少しづつ家を修理したりして、集落全体が元に戻るまでには、かなりの時間がかかった。
あの体験から、地震の報には敏感となった。家族には機会をとらえて「日ごろから気をつけるように」と言っている。