被災地:福井市新保
大野市から仕事帰りで京福電車の中だった。永平寺参拝帰りの団体客ですし詰め状態の車両は、福井市新保辺りで、何の前触れもなく横転した。
悲鳴とともに一気に折り重なる乗客。座席のお年寄り数人が窓から上半身を投げ出されたまま、車両の下敷きになった。乗客の足だけが車内に残されて痙攣(けいれん)しているのが見えた。
何とか抜け出し1時間歩いてようやく自宅のある片町にたどりついたころには、国際劇場に火の手が迫っていた。燃え移るのが分かっていても、重くのしかかったがれきをどけることができない。救出は時間との戦いだった。『ごめんな』と置き去りにされて、焼け死んだ人間が何人いたことか。戦後の市民に安らぎを与えた娯楽の殿堂は、最も悲惨な現場だった。
あれから、60年余り経っても、まだ実際に起こった惨劇の10分の1も語られていない。実際に福井が経験した事実として、もう一度振り返り、地震に備えて何を心掛けておくべきか、みんなが答えを見つけてほしいと強く願う。