被災地:徳島市国府町
当時は木造本瓦ぶき二階建てに住んでいました。弟と私は大きな揺れで目が覚めて飛び起き、一番先に戸を開けて裸足で外へ逃げました。庭先で座っていましたら、二階で寝ていた家族も後から出て来ました。あの日は寒くて霜がおりていました。揺れも大きかったですが、音も大きかったように思います。
余震は数回来て、最初の揺れ程ではありませんが、大きなものも何回かありました。電柱の高圧線が縄跳びのように揺れていて、また南に見える四国山脈の山も揺れ、まだ暗いのに稲光のように光っていました。
約百五十年前の地震では、この辺で十軒ぐらいの家が崩れたらしいですが、この地震では倒れた家も無く、たいした被害も無かったです。我が家では、壁の隅が少し落ちて納屋が傾きましたが後に起こしました。
津波については翌日新聞、ラジオで県南に被害があったと知りました。ここでは井戸水にも影響は無かったです。停電については記憶がありません。
助かったことといえば、家が柱の少ない割には、大黒柱に24cmの太いケヤキを使っていたこと、幅広い「さしまわし」がしっかりしていたことだと思います。あれから瓦のふき替えをしましたが、後の阪神大震災のときに屋根を軽い袖瓦にしておけば良かったと思いました。また今では、前の軒が長いので支え柱があと一つあっても良かったのではないかとも思っています。しかし、納屋は柱を強くしていますし、土台も強くしています。