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地震体験談(被災経験談)
悲惨な経験を忘れずに。防災に役立てましょう。


昭和南海地震 体験手記④ 人生の中での大きな出来事

被災地:徳島市南沖洲五丁目

あの頃の私は親から離れて大和町の親戚に下宿していました。木造二階建ての一階に寝ていたとき、二階で寝ていた従兄弟の「地震じゃぁ~」の声で目が覚めました。そのとき、近所の小6の女の子が泊まりに来ていたのですが、二人でギイギイという音と大きな揺れで「いや~ブランコに乗っとうみたい~」と言いながら、そのまま横になったまま揺れが止まるまで布団を被っていました。

揺れるのが収まってから起きたら、二階の部屋に置いてあった花瓶が倒れて出た水と壁土が混ざってドロドロになった物が、布団の上にたくさん落ちていました。それを見て地震の大きさを改めて感じました。揺れで歪んだ窓から外を見ると、真っ黒な雲が空一面に覆い被さり不気味な感じがしたのを今でもはっきり覚えています。
 両親は住吉に住んでいたのですが私のことを心配して、父がやって来て「親戚の家屋は古いから余震で壊れたら危ない」と言って、泊まっていた女の子の家が木工所だったのですが、そこへ連れて行ってくれました。木工所では地割れ対策としてみんなで木を組み合わせて、その上に座って明るくなるまで待ちました。
 幸いにも地割れは無く近所でも壊れた家も無く、壁が落ちたり戸が開き難くなった程度で大きな被害はありませんでした。父のいた住吉のご近所の方達は、井戸水が一度無くなってまた増えたのを見て津波が来ると感じ城山に逃げたそうです。大和町では津波の被害はありませんでした。

少し前までの戦争で戦火の中を逃げ回っていた恐さを思うと、それほどの恐怖はありませんでしたが人生の中での大きな二つの出来事の教訓として私は今でも寝ている枕元に、ラジオ、懐中電灯、水、貴重品等を入れた袋を置いて寝ています。
 近い将来またこのような大きな地震が起こるかも知れないと言われています。体験した者として最小限の身の回り品を常日頃傍に置いて、揺れたらとりあえず押し入れの中、机の下などに隠れて揺れが収まるまで待ち、後は情報を早くキャッチして機敏に行動するのが一番であると考えております。

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作成者:
地震体験・被災経験
日付:
2009年10月22日 um 6:05 PM
カテゴリー:
昭和南海地震(1946年)
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