昭和8年3月3日、早朝。
当時小学校1年生だったわたしは、ただならぬ気配に目を覚ました。寝ている部屋の畳が、下から突き上げられるように大きく揺れ、家全体がミシミシと異様な軋みを立てている。
「地震だ。起きろッ」
おふくろの声に慌てて床を飛び出し、服を着ようとしたが、足もとが定まらない。 まるで大波の海を漕いでゆく伝馬船のように、右へ寄ったり、左へ寄ったり、やっとの思いで服をつけ、ゴム長をはいて、おふくろの後に従った。
母は、わたしより3歳下の弟を背にして、綿入れねんねこに躰をつつんでいた。表へ出ると、外はまだ真っ暗だが、隣り近所の人々も道路へ出て、不安そうに身を寄せ合い、話し合っている。そのうちに、表通りを歩く人の数が急に多くなりだした。人ばかりでなく、大八車や、リヤカー、それに荷馬車まで、目の前の道路を溢れるように急いでゆく。 当時はまだ未舗装の乾いた道を、みんな一様に東から西の方へと向かって、ざわめきながら流れてゆく。
「津浪だ。津浪が来たぞ」 人々のざわめきのなかから、そんな声が聞こえてくる。
ツナミ。ツナミって、何だろう。
大人たちが、こんな大勢逃げてくるところをみると、よっぽどおっかない怪物か何かに違いない。わたしは、途方もない大きな魔物が海からあがってきて、海辺の人々を襲っている姿を思いうかべ、おふくろのねんねこの端を固く握りしめていた。
翌朝、兄たちと一緒に浜に出てみた。
わが家は、海から砂浜のひろい空地をへだてて、300mほどしか離れていないが、海岸段丘につらなる傾斜地の途中にある。浜へ出るゆるやかな勾配を下りてゆくと、砂地に横たわる防潮堤の切れ間、渚へ抜ける通路のあたりに大きな水溜りがひろがっていた。
深夜の騒ぎの名残りをみせて、不気味な光を放っているそのどんよりした水面に、まるで大きなハマナスの花でも咲いたように、赤い輝きをみせてぽっかり浮かんでいるものがある。近づいてみるとそれはボックリであった。女の子供が晴着を着たときに履く、あの丸形のボックリ。朱の色に塗り上げられた可愛いボックリの片方が、水に浮かんでいるのであった。
鮮烈に輝く赤いボックリ。その瞬間、幼ないわたしは「ツナミ」というものの正体を見たような思いに打たれた。 夜の海の底からやってきた恐ろしいツナミが、晴着姿の女の子をひと呑みにしている光景がまざまざと浮かんできて、思わず首をすくめてあたりを見まわした。 怪物の大きな口に呑みこまれながら、懸命にもがいていたその印が、ここに残っている赤いボックリなのだ。途方もないツナミの恐ろしさ。7歳のわたしは独り合点をし、津浪の恐怖を幼い記憶のヒダに、しっかりと刻みつけているのだった。