Zum Inhalt springen


地震体験談(被災経験談)
悲惨な経験を忘れずに。防災に役立てましょう。


関東大震災 体験談④ 群衆の頭上をなめる火

被災地:東京都本所区

あの日は蒸風呂のような酷暑であった。私は工場の隅でブランコに乗っていた。突然、左右上下に揺れだして止まらなくなった。

「地震だ、モ-タ-を止めろ」と叫ぶ声が飛んだ。

ミシミシと大きく揺れ、鋭く怒ったように揺れる。棚から物が落ちてくる、電燈のカサが目茶目茶に揺れ天井にぶつかりガラスの破片がすっ飛ぶ。梁と柱が悲鳴をあげて離れそうになる。近くの家の倒れる音が地響きをたて、砂じんが舞い込んでくる。

工場の屋根に大きな物干場があり、父母や兄姉、従業員などが集っていた。父は四方を眺め、火事場の数を見て「ここまでは燃えてこないだろう」と云っていた。父の指図で炊き出しを始め、握り飯を頬張りながら火事の様子を眺めていたが、若宮町の方角で一時衰えていた火勢が急に盛り返し、煙が私達の頭上まで拡がってきてキナ臭い匂いが漂い薄暗くなり、パラパラと燃えかすが落ちてきた。

「被服廠に行こう」と父が云い、足袋を集めさせて一同に履かせた。父の機転で足袋を履いたお蔭で助かったと感謝している。道路が狭く、路地が入り込んでいてなかなか表通りに出られない状態であった。血だらけの負傷者を背負う人、気が狂ったように泣き叫ぶ人、電車が立往生し、架線が垂れ下がり、水道管が破裂して被服廠前は水が溢れ、溝との境が見えない。既に広場は人と荷物でごったがえしていた。荷馬車を引き入れ口論している馬方もいた。

        
 あたりが急に薄暗くなってきた。四方から煙が空を覆い太陽を隠すように重なり合った時、突然、風が吹き始め忽ち強風となり、渦を巻いて砂じんを吹き付けた。顔や手足が痛い。眼も開けられず、立っても居られず、みな毛布や布団を頭から被った。いつの間にか砂じんが火の粉と変り、忽ち火の渦となり火焔となって人や荷物に燃え移って荒れ狂う。ゴ-ッと火焔が空にのびていくと、大八車や箪笥や人間が舞い上る。馬が人垣のなかで暴れ、火だるまになった人達がバタバタと倒れる。  

            
 私は妹の手を引き、無我夢中でどこをどう歩いたのか記憶がない。妹が熱い熱いと云うので私の上衣を脱ぎ、頭にかぶせると忽ち誰かに奪われてしまった。人波に押されて下敷になる人、無理矢理に押されて火焔のなかに倒される人もいた。幾時間が過ぎて火勢が衰え暗さが増してきたとき、坊やと呼ばれたような気がして、声の方を見ると、母が妹を抱いて立っているのが見えた。

今でもはっきり記憶に残っているが、母の姿が白く浮きでていて他のものは何も見えなかった。私と妹は夢中で死体を踏み越えて駆け寄った。母は「助からないときは、一緒に死のう」と云ったが私はもう大丈夫だと母を慰めた。安全で座れる場所を探そうと安田庭園の近くまで死体を除けながら母の手を引いて歩いたが座る場所がなく、しかたなく3、4人の黒い死体を引っぱって場所をつくった。手が炭を塗ったように黒くなり、あとあとまで気になった。

やがて何処からとなく「南無阿弥陀仏」「南無妙法蓮華経」と呟きが聞こえ、その呟きが合唱のように一斉におきてあがった。暗闇が一枚一枚ベ-ルをはがすようにあたりが明るくなるとともに人影が動き始め、「誰誰や-い」と家族を探す声が腹を切ったように始まった

« 関東大地震 経験談③ 「ゴゴゴ・・・」という地鳴り – 関東大震災 体験談⑤ 泥水そしてトタン板 »

作成者:
地震体験・被災経験
日付:
2010年3月10日 um 3:14 PM
カテゴリー:
関東大震災(1923年)
Tags:
, , , ,  
Trackback:
Trackback URI

コメントはまだありません

コメントはまだありません。

コメントフォームは現在閉鎖中です。