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地震体験談(被災経験談)
悲惨な経験を忘れずに。防災に役立てましょう。


関東大震災 体験談② そして無一文に

(体験談1の続きから)

家族の行方が心にかかった
本所方面に避難した弟も気がかりだった
本所方面では数万人の焼死者があったとの噂
私は火の鎮まるのを待って尋ねに出たが
浅草橋の広場の
焼け死んだ死体の惨状は言語に絶した
中にもしや弟でもと思い
死体の一人一人を覗いて歩いた

それから程なく母親と子達と
弟にも巡り合うことが出来
皆で無事を喜び合った
一同は私の母親の生地、埼玉県草加のA方に厄介になった

当時の私の商品は店の他に
尾張屋倉庫、東神倉庫、自家工場
および二十余軒の請負職方等に散在していたが
そのどれもが焼失
僅か一、二の職方の元にあった加工依頼品だけが焼け残った

トラックで搬出した商品や家財も灰になり
積み出しの際、手に触った白金の時計だけが手元に残った

当時の私の不動産は
店と
隣家を買収して拡張準備中の工場と
貸しつけてあった店舗四戸と土蔵一棟の
どれ一つとして焼け残ったものはなかった

余焔の鎮まるのを待って私は店の焼け跡に立った
どちらを向いても果ても知らない焼け野原であった
再び旧のように家が立ち並ぶのは幾年後であろうか
営々と築き上げた努力の結晶も一夕にして煙と化した
それを思うと商売する気力が起こらず
田舎で鮒を釣って暮した

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作成者:
地震体験・被災経験
日付:
2009年9月5日 um 11:51 AM
カテゴリー:
関東大震災(1923年)
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