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地震体験談(被災経験談)
悲惨な経験を忘れずに。防災に役立てましょう。


昭和南海地震 体験手記② 電線から火花

被災地:徳島市住吉一丁目

[「当時、私は小学校5年生だった。家は昔の家だったが、今と同じ場所に住んでいた。揺れ初めてからすぐ、家族で家を飛び出した。かなりの横揺れがしていた。

外に出ると、電柱が揺れ、電線から火花が散っていた。当時父が鏡台を作る仕事をしており、家の中に棚があった。揺れが収まってから家に戻ると、棚からたくさんのものが落ちて散乱していた。電気は停電していた。

 津波については、地震が収まってからしばらくして、どこからともなく、「津波がきよるぞー。沖洲まで押し寄せていっきょるぞー」と言う声を聞いて、家族で、必死で城山へ逃げた。逃げている途中で渡った橋から川を見ると、川の水が変な流れ方をしており、どんどん底が見え始めていた。

 城山には、たくさんの人が避難してきていた。避難場所は、城山のてっぺんではなく、少し下の平坦な広場にみんな集まっていた。城山では5時間くらい避難していた。

地震の揺れはかなり大きかったが、特に被害もなく、津波の心配もなかったが、周りの噂で行動していたため、きちんとした情報が入ってこない怖さがあった。

現在この辺りの避難場所は、城東小学校になっているが、常に正しい情報を入手し、落ち着いた行動をすることを心がけることが大切であると思う。」

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作成者:
地震体験・被災経験
日付:
2009年10月8日 um 5:41 PM
カテゴリー:
昭和南海地震(1946年)
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